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機織姫を探して…

今、私はひとりの姫を探しています。 その姫と…私は伊豆の山ですれ違ったようです。 …それからいろいろなことがつながり始めました…

「高野山」と「機織り」と「丹生都比売」

京都へ染織を習いに行っている時に…夏に高野山で合宿がありました。

 

先生のお知り合いの方の宿坊に泊まり、先生が織った袈裟や秘仏不動明王曼荼羅などをみせていただき、高野山の草木で染めをしたのです。

 

高野槇」「黄肌」など高野山にまつわる木々でのお染め…分量に限りがあるので、染めるものは皆でくじ引きで決めたのですけど…私は「葛」になりました。

 

うーん、正直、「葛」はどこにでもあるといいますか…(笑)高野山にきたのですから、高野山ならではのもので染めたいなぁとその時思ったのは確かですが…今となっては、それもとても意味深いといいますか…何かを示唆していたと思います。

 

「葛」はどこにでもあるといっても…やはり、高野山の「葛」。そして高野山の「水」で染めた「葛」の色は…透明感のある緑色でありながら深みのある、とてもとても美しいものになりました。

 

でもその後に…少し嫌なことがあり…私は心の中で泣いていたのです。

滅多に泣かないのですけどね…。

どうして、こんな高野山に来ているときにそんな思いにならなければならなかったのか…仲間に助けてもらいながら気を持ち直しましたが、次の日の高野山の散策も少し気持ちが沈んでいました。

 

そんなときに…金剛峰寺から壇上伽藍へ、そして金堂を出たときでしょうか…

 

ふわっと…やわらかい光がみえた気がしたのです。

なんだろう?…やさしいあたたかな感じがしました。

私は気になってその方向へ歩き出していくと…そこは「御社(みやしろ)」という場所でした。

 

目の前には石の階段があって、その上に「御社」はありました。

 

昨日、宿坊で高野山の話しを聞いているときに、この「御社」の話しが出てきました。

弘法大師高野山をひらくときに、まずここに「御社」を祀ったというのです。

 

「ここだったのだ…」

 

なぜかその時、私は、「ここだ」と思いました。

その場に立って…ここが高野山でいちばん大切な場所だとわかりました。

 

久しぶりの高野山。私の家は真言宗なので祖父祖母の御墓もあります。

幼い時に来てしばらくご無沙汰していましたが…久しぶりに歩いてみると…戦国武将などの印象があってもっと男くさいところだと思っていたのに…不思議と「女性」的なものを私は感じていたのです。

 

その理由がわかったような気がしました。

 

高野山といえば、弘法大師のいらっしゃる「奥の院」だと思いますが…。

きっと、この「御社」が大切な場所です。

 

…沈んでいた気持ちも晴れていく感じがしました。

そうか…きっと、こういう流れだったのだろうと…納得しました。いつもそうやって助けられているところがあります。

 

その「御社」に祀られているのが…「丹生都比売」という姫。

 

この出来事は…私が伊豆山から歴史を調べ出してから…いろんなことに絡んでくるような気がします。

そのたびに思い出すのです。

 

…なので…何かのヒントになるのだろうと思います。